予期せぬ告白 | 北信介の理性が試される時。

「面積の少ない下着を愛用しているよ」  その一言が、北信介の思考を完全に停止させた。  ――待て。  今、名前は確かに、そう言うたよな?  北は、目の前で穏やかに微笑む彼女の顔を見つめる。絹糸のように滑らかな髪が、微かな午後の風に揺れる。木漏れ日が彼女の肌を優しく撫でるように照らし、その姿は光に溶け込む幻想的な絵画のようで――  ――いや、ちゃうねん。問題はそこやない。 「……え?」 「だから、面積の少ない下着を愛用しているよ」  名前は、まるで天気の話でもするかのように、何でもないことのように再び言葉を紡いだ。口振りの端々に漂う無邪気さと、それとは全く相容れない内容が、北の神経を一層研ぎ澄ませる。  ――そうか、俺の聞き間違いではなかったんやな。 「……」 「信くん?」 「……」 「信くん?」 「……ちょ、待ってくれ」  北は木の幹に凭れ掛かり、額を押さえた。血管が脈打ち、頭の中では混沌とした思考が渦を巻いている。汗が、こめかみを伝い始める。  ――これは、アカンやつや。  ここは公園のベンチ。先程までは長閑な午後の静謐さに包まれていた。木々の騒めき、遠くから聞こえる子供の笑い声、そよ風に揺れる木の葉――すべてが、今この瞬間、北の意識から遠ざかっていく。  さっきまで二人は、のんびりと平和な時間を過ごしていた筈やのに――  急に、心臓がバチバチ言い出した。  まるで、誰かが自分の胸の中で大太鼓を乱暴に叩いているかのような、鈍く激しい鼓動。理性と感情の境界線が、危うく揺らいでいる。 「……なんでそんな話になったん?」 「うん、なんとなく」 「なんとなくて……」 「信くんが、わたしのことをもっと知りたいかなと思って」 「いや、そんな情報、今知ったらアカン情報やろ」 「どうして?」 「どうして、って……」  ――そんなもん、男の理性を試すような話やからに決まっとるやろ。  北の頭の中で、理性と感情が激しく衝突する。名前の無邪気な表情と言葉の衝撃は、精密な外科手術用のメスのように、北の意識を切り裂いていく。 「……」 「……」  沈黙。  北は、言葉にならない何かを飲み込んだ。重く、張り詰めた空気が二人の間を支配する。木漏れ日の光が、彼らの影を長く伸ばしていった。 「信くん?」 「……もう、その話は終わり」 「どうして?」 「無理や。無理やからや」 「信くんが無理なら、仕方ないね」  あっさりと引き下がった名前は、再びベンチに腰を下ろし、静かに目を閉じる。木漏れ日の光が彼女の白い肌を淡く照らし、長い睫毛の影が頬に落ちる。その姿は、どこまでも幻想的で――  北は、心の中で大きく息をついた。  ――ほんま、参るわ。  どんなに理性を保とうとしても、たった一言で簡単に崩される。それが、名前という存在。彼女は、北の感情を操る、目に見えない糸を常に手にしているかのようだった。 「……名前」 「うん?」 「……もうちょい、まともな話題にしてくれん?」 「まとも……?」  名前は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。その仕草には、狡猾さと無垢さが絶妙にブレンドされていた。 「じゃあ、信くんは、わたしのこと、どれくらい好き?」  ――え、それはそれで難易度高いやろ。  北は、再び額を押さえた。前髪の下に浮かぶ汗が、彼の狼狽を雄弁に物語っていた。 「……めちゃくちゃ好きや」 「ふふ、わたしも」  名前は、満足そうに微笑んだ。その笑顔が、木漏れ日の中で柔らかく、そして挑発的に揺れる。北の感情を翻弄することを愉しんでいるかのように。  ――やっぱり、この恋は、一生賭けて守るしかないな。  そう、北は改めて思うのだった。名前という存在が、彼の人生を狂わす。そして、その狂気こそが、彼にとってかけがえのない至福なのだと。



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