恋の白星と夢の舞台 | 曲芸のように揺れ動く心、掴むのは夢か現実か。
――「工くんと白布さんが、サーカスの高空綱渡り大会で競い合う夢を見たよ」
放課後の教室で、
名前は淡々とそう告げた。沈みゆく夕陽が窓辺に寄り添い、彼女の横顔を優しく染めている。まるで絵画のように静謐な一瞬。
「二人とも赤いリボンを頭に結んで、高い場所から観客を見下ろしていた。工くんは力強く、白布さんは繊細に――それぞれの個性を活かした演技だったよ。そして、工くんが優勝した」
「は?」
五色は思わず素っ頓狂な声を上げた。夢の内容が余りにも現実離れしていて、脳の処理が追いつかない。意味を掴み兼ねたまま、口を半開きにする。
「ちょっと待て、それ、どういう……?」
「そのままの意味だよ」
黒曜石のような瞳が静かに瞬く。
名前の表情には、いつもの淡々とした雰囲気の中に、かすかな愉しさが混ざっていた。からかっているわけではない。彼女は本気でその夢の内容を語っているのだ。
「それでね、表彰式で金メダルを受け取った工くんが、とても誇らしげでかっこよかった」
「え、俺……?」
「うん。堂々と立っていたよ」
五色は脳内で必死に映像を組み立てようとする。
――赤いリボンを髪に結んだ自分と白布が、遥か上空で綱渡りの演技を披露する姿を。
「…………」
無理だった。想像した途端、白布の冷めた視線が脳裏に浮かび、頭を抱えたくなる。あの塩対応の先輩が、何故こんな派手な競技に?
「なんで、俺と白布さんがそんなことを……?」
「知らない。夢だから」
「……そうだけど」
五色は思わず溜め息をついた。が、次の瞬間、或る事に気づいて思わず顔を赤らめた。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺、金メダル取ったのか?」
「うん」
「俺が?」
「そう」
五色は思わず喉を鳴らした。
――優勝。
その言葉の響きが、心の深いところを掻き乱す。バレーで優勝を目指すのは当然のことだが、まさか謎の曲芸大会でも頂点に立つとは。
「……いや、でも夢の話だしな……」
「夢だけれど、これは工くんの可能性の表れかもしれない」
「可能性?」
名前は静かに微笑んだ。
「うん。工くんはいつも努力を重ねているから、きっと道は開けるんじゃないかな」
「……っ」
その言葉が、胸を強く打つ。五色は目を逸らし、拳をぎゅっと握る。
「お、おう……まあ、努力はしてるしな!」
思わず大きな声が出る。
「うん。その努力が報われるのは、きっとそう遠くない未来だと思う」
そう言って、
名前は優しく微笑んだ。その表情が夕陽に縁取られて、まるで淡い光を放っているように見えた。五色は思わず息を呑む。
――彼女にそう言われると、本当にそうなれる気がする。
名前の言葉は時折、現実以上にリアルな力を持つから不思議だ。
「……でもさ、白布さんはどうだったんだ?」
名前は少し間を置いて、
「白布さんは、悔しそうに唇を噛んでいたよ」
「うわぁ、すげぇリアルだな……」
五色は想像し、苦笑する。悔しがる白布は、普段の塩対応とはまた違って新鮮だ。
「でも、きっと白布さんも工くんの勝利を認めていたと思う」
「……そ、そうか?」
五色は頬を掻いた。
「うん。だって、最後に工くんに『次は負けない』と言っていたから」
「……あの人、夢の中でも強敵すぎるだろ」
五色は思わず吹き出しそうになる。それは余りにも白布らしい反応で、寧ろ安心感すら覚えた。
名前はそんな彼を静かに見つめた後、小さく言葉を添える。
「――だけど、わたしは工くんが優勝したことが嬉しかった」
「……っ」
五色の心臓が、大きく跳ねた。
名前の声は穏やかで、けれど確かな温もりを帯びていた。まるで本物の表彰台の前で祝福の言葉を贈るかのように。
「……本当に、俺で良かったのか?」
「工くん以外に誰がいるの?」
そう言われ、五色は言葉を失う。
彼の胸の内に、熱くて眩しい何かが溢れてくる。
――例え夢の中の勝利でも、それを心から喜んでくれる人が居る。
それは現実の勝利と同じくらい、いや、それ以上に温かく、誇らしく思えた。
「……ありがとな」
照れくさそうに、それでも誠実な声で紡ぐ。
名前は黒曜石のような瞳を柔らかく細め、静かに頷いただけだった。
――その仕草は、まるで「これが本当の白星だよ」と告げているかのように見えた。夕陽が二人の影を長く伸ばし、それは高空の綱渡りのロープのように、確かな絆を描いていた。