白鳥の夢、うどんの現実 |『恋の白星と夢の舞台』のifシナリオです。
春の陽射しが大きな窓から差し込み、校内の食堂を穏やかに照らしていた。ガラス越しに見える桜の枝が、風に揺られて影を揺らめかせている。
昼休みの喧騒の中、
名前は五色と白布と共に席に着いていた。三人それぞれの前には、思い思いの昼食が並んでいる。
名前の前には、『薔薇色の春御膳』が置かれていた。淡い桜色のちらし寿司に、錦糸卵がふわりと舞い降りたように散らされている。添えられた蛤のお吸い物からは、仄かな潮の香りが漂い、菜の花のお浸しが春の訪れを感じさせた。桜の花びらをかたどった羊羹が小皿に乗り、最後の一口を甘やかに彩っている。
「工くん」
名を呼ばれ、五色は学食の『白鳥の夢・チキンカレー』から視線を上げた。
黄金色に輝くルーは夕焼けに染まる湖面のよう。その上には、ジューシーな鶏肉がまるで白鳥のような優雅さで浮かんでいる。青々としたパセリが緑に広がる草原のように彩りを添え、スパイスの香りが心地よく立ち昇っていた。一口食べれば、まるで空を舞う白鳥のように心が軽やかになるという、人気メニューだ。
「ん?」
五色は口の端にルーを少し付けたまま答えた。
「今朝、不思議な夢を見たの」
名前の声は透明感があり、晴れた日の水面のように澄んでいる。その声色に、五色は既に耳を傾ける態勢を整えていた。
「工くんと白布さんが、サーカスの高空綱渡りで競い合う大会に出る夢。工くんは力強い演技で魅せて、白布さんは繊細な動きで観客を魅了していた。そして、二人とも頭に赤いリボンをつけていたよ」
「俺が……綱渡り?」
五色は困惑しながらスプーンを止める。向かいの席で『羽ばたく清流うどん』を啜っていた白布が、静かに
名前を見やった。つるりと滑らかな麺が、彼の箸から清流のように流れ落ちる。
「……馬鹿馬鹿しい」
白布はそっと箸を置きながら呟いた。
「工くんが優勝したよ」
名前は嬉しそうに告げた。
五色は「おお!」と途端に嬉しそうに胸を張る。その素直な反応に、白布は呆れたよう息を吐いた。
「俺は?」
白布は興味なさそうな素振りとは裏腹に尋ねる。
「白布さんは二位だった」
「成る程。俺が見せた優雅な演技は、結局、五色の力技に負けるわけだな」
白布が淡々と呟くと、五色は「白布さん、なんでそんな言い方するんですか!」と抗議するように眉を寄せた。春の陽射しが彼の表情を照らし、素直な感情をより一層際立たせている。
「事実だろ」
白布は冷静に返し、再び箸を手に取った。
「工くんは凄く格好良かったよ。ロープの上で跳躍して、空中で一回転してから着地したんだ。観客が一斉に立ち上がって拍手していた」
名前の声には、どこか夢見るような響きが混ざっていた。瞳の中には、まるでその光景を今も見ているかのような輝きがある。五色は照れたように頬を掻いた。
「まあ……そりゃ、俺ならやれそうな気もするけど……」
「絶対無理だろ」
白布の冷静な突っ込みが入る。五色はムッとしながらも、夢を語る
名前の姿に見惚れていた。彼女の目は夜の海のように深く、言葉のひとつひとつが静かな波のように心に響く。
「それでね、工くんは優勝賞品としてピンクの金平糖を貰っていた」
「「……なんで金平糖?」」
五色と白布が思わず同時に問い掛ける。不思議なシンクロに、
名前は「さぁ?」と首を傾げ、柔らかく微笑んだ。春の光が彼女の髪を透かし、ほんのりと金色に縁取られたシルエットが美しい。
「でも、工くんはそれをわたしにくれたよ」
五色は一瞬、その言葉の意味を咀嚼するように瞬きし、それから急に顔を赤くした。陽射しの所為だけではない温かさが、彼の頬を染めている。
「そ、そうか!……そりゃ、
名前にやるに決まってるだろ」
彼はカレーを大きく掻き混ぜながら言った。
その言葉に、
名前は静かに目を細める。桜色の頬が、春の光に柔らかく照らされていた。
「うん、工くんらしいと思ったよ」
それはただの夢の話なのに、
名前の言い方はまるで大切な想い出を語るかのようだった。五色は照れ臭さと愛おしさが入り混じった感情を抱えたまま、ぎこちなくスプーンを動かす。
白布はそんな二人を見て、「やれやれ」とばかりにまた小さく息を吐いた。しかし、その仕草には普段の塩対応とは違う、或る種の温かみが感じられる。
「まったく、昼休みに変な夢の話に巻き込まれた」
そう言いながらも、白布の口元はほんの僅かに、春の日差しのように柔らかく笑っていた。
目の前の『羽ばたく清流うどん』は、彼の言葉とは裏腹に、まるで幸せそうに輝いているように見える。
名前は『薔薇色の春御前』の最後の一口、桜の花びら羊羹を口に運びながら、また何か新しい夢を見るのを楽しみにしているようだった。彼女の瞳には、まだ語られていない物語が優しく揺らめいている。
※『羽ばたく清流うどん』
清々しい味わいが特徴の一品。つるつるとした特製うどんは清流のように滑らかで、透明感のある出汁は昆布と鰹節の豊かな風味。色とりどりの野菜が川面に舞う花弁のように華やかに盛り付けられ、シャキシャキの水菜や甘みのあるミニトマトが清流で戯れているよう。さっぱりとした大根おろしと柚子の香りが全体を引き立て、一口で心が羽ばたくような開放感を味わえる、学食の人気メニュー。