冬空の下、いつもの笑顔とキャベツ | キャベツが繋ぐ、二人の距離。
遠くへ行きたい。
その思いは突然湧き上がってきた。けれど、それがただの気紛れで、特別な理由があるわけではないことはわかっていた。
行きたい場所がどこかも、実のところ決まっていない。ただ、心がふわりと浮き上がるような、どこかへ向かう高揚感を感じたかっただけなのかもしれない。
そんなわけで、わたしはスーパーへ行くことにした。目的は、大量のキャベツ。最近、
兄貴兄さんが「キャベツは良いよ。栄養価も高いし、千切りにしても、炒めても、スープにしても美味しい。なにより、たくさん買っておくと、料理が楽になる」と言っていた。そう言われると、妙に納得してしまい、気づけばキャベツを買いに行こうと思っていた。
白鳥沢学園の最寄り駅から電車に乗る。窓の外には、澄んだ冬の空が広がっていた。遠くの山々が青く霞んでいて、それをぼんやりと眺めながら、わたしは揺れる車内で小さく息を吐いた。冬の空気は澄んでいて、ほんの少し指先が冷たい。けれど、それが心地よくもあった。
目的地は、隣町にある少し大きなスーパー『キャベツの楽園』。特定の日に栄養補助食品バーの詰め合わせセットがセールになり、スポーツをしている生徒達に人気がある。工くんも偶に行くと言っていた。もしかすると会うかもしれない、と思ったが、特に連絡はしなかった。
わたしはスマホを操作し、工くんとのやり取りを眺めた。画面に映る文字の一つひとつに、彼の溢れる元気が詰まっている。
工くんはいつも、こうして真っ直ぐな言葉を送ってくる。
それが、わたしは好きだった。
電車を降り、スーパーの自動ドアを潜ると、すぐに目当てのキャベツが並ぶ売り場が見えた。大きくて葉がしっかり詰まっているものを選び、カートに積んでいく。三つ、四つ……。
「
名前?」
突然、背後から聞き慣れた声がした。
振り向くと、そこには工くんが立っていた。
「……工くん」
思わぬ再会に、わたしは少し瞬きをする。
工くんは、わたしのカートの中を覗き込んで、目を丸くした。
「お前、キャベツ、めっちゃ買ってるな!」
わたしはカートの中のキャベツを見つめながら、
「うん。たくさんあれば便利だって、
兄貴兄さんが言っていた」
「成る程……」
工くんは腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「確かに、キャベツは使い易いもんな……」
その真剣さに、わたしは小さく笑う。
「工くんも買い物?」
「おう! 今日、寮の夕飯がカレーらしいけど、気分じゃないから、自分でなんか作ろうと思って」
「ふぅん、何を作るの?」
「うーん、焼きそばとか?」
彼はカゴの中を見せてくれた。焼きそばの麺、豚肉、もやし……そして、キャベツ。
わたしは思わず微笑んだ。
「お揃いだね」
「えっ?」
「キャベツ」
「あ……確かに」
工くんは一瞬きょとんとした後、すぐに顔を赤らめた。
「お、俺、そういうつもりで買ったわけじゃねぇからな!? べ、別に
名前のマネしたわけじゃねぇし!」
「うん、わかってる」
焦る工くんを見ていると、心が温かくなる。彼は本当に、真っ直ぐな人だ。
「ねぇ、工くん」
「ん?」
「折角だから、一緒に食べようか」
工くんは一瞬、目を見開いた。
「……マジ?」
「うん。工くんが良ければ」
「い、良いに決まってるだろ!!」
工くんの顔がぱぁっと明るくなった。
――それは、わたしが好きな、いつもの笑顔だった。
わたしはそっとキャベツをカートに積みながら、ふわりと息を吐く。
遠くへ行きたい――そんな気持ちは、もうどこかへ消えていた。
今はただ、目の前に居る工くんの笑顔が、この瞬間が、かけがえのないものに思えた。