サプライズは、君だけに | 気づいてほしくて | Title:ほんとどうしようもない

 ――さて。  気づいてしまった以上、仕返しをしないわけにはいかない。  俺のポケットにそっと忍ばせられていた、小さな黄色い鳥のマスコット。  指先で触れると、柔らかな羽毛の感触が返ってくる。最初は「なんだこれ?」と困惑したが、思い返せば心当たりは一つしかない。  ――名前。  先週末、あの古い雑貨屋に一緒に立ち寄った時のこと。彼女がこの鳥を手に取っていたのを俺は見ている。  それを、俺のコートにこっそり仕込むなんて……。 「……ほんと、どうしようもねぇな」  マスコットを指で摘まみながら、苦笑が漏れた。窓から差し込む朝陽が、黄色い羽を優しく照らしている。  可愛い過ぎるだろ、お前。  俺はベッドに腰を下ろし、マスコットを暫く眺めた。名前はきっと、俺がいつ気づくかを楽しみにしていたに違いない。あの子らしい。直接渡すのではなく、こんな風に仕掛けを作る。  ……なら、今度は俺が驚かせてやる番だ。  翌日、昼休み。  教室の窓際に座る名前の横顔が、柔らかい春の陽射しに縁取られ、絵画のように美しかった。 「……名前」 「うん?」  彼女が顔を上げる。その瞳に一瞬、期待のような光が宿るのを見逃さなかった。  俺は、何気ない振りをして、ポケットの中でそっと準備をする。  今日のターゲットは、名前の鞄の中。  彼女が友達に呼ばれてちょっと目を離した隙に、俺は手際良く仕込んだ。昨日、放課後に寄り道して選んだものだ。 「ねぇ、工くん?」 「……なんだ?」 「なんだか、今日はずっとニヤニヤしているけれど……どうかしたの?」  名前の問い掛けに、心臓が一拍飛んだ。 「べ、別に!? 何もねぇよ!!」  俺の声が上擦るのを自分でも感じる。 「……?」  怪訝そうに首を傾げる名前。少し長くなった前髪が、頬に影を落としている。  うん、良い反応だ。  これは、絶対面白くなる。胸の内側で、何かが弾けるような高揚感。  その日の帰り道。  並木道の上、二人分の影が長く伸びていた。名前がふと立ち止まり、鞄の中を漁る音が聞こえた。 「……?」  そして、次の瞬間。 「……これ……」  彼女の手のひらにちょこんと乗っていたのは―― 白くて、もふもふの小さな猫のマスコット。  金色の夕陽に染まる空の下、名前は、じっとそれを見つめた。その表情は、驚きと何か別の感情が混ざり合う、なんとも言えないものだった。 「……工くん?」 「……ん?」 「……何故、わたしの鞄の中に?」  心臓が早鐘を打つ。でも、俺は余裕を装った。 「さあな?」 「……」 「俺のポケットに鳥を入れたの、名前だろ?」 「……!」  名前の瞳が、僅かに揺れる。横髪がひと房、彼女の肩に舞い降りた。 「じゃあ、お前にも何か仕込んでやろうって思っただけだ」 「……」 「その猫、名前に似てると思って」  白くて、小さくて、ちょっと気紛れそうな猫。指先で撫でると、ふわりと柔らかい。マスコットの黒い瞳は、どこか名前の表情と似ていた。静かに見つめる時の、あの深みのある色。 「……ふふ」 「……なんだよ」 「工くん、本当にどうしようもないね」 「お前に言われたくねぇよ!!」  ふっと笑う名前に、俺は思わず顔を赤くする。頬を撫でる春風が、心地良い。 「……ありがとう」  名前の声は、いつもより少し低く、柔らかかった。 「……」 「大切にするね」  そう言って、マスコットをそっと握り締める名前を見て、俺はふっと息を吐いた。彼女の指先が、猫の耳を優しく撫でている。 「……まあ、気に入ってくれたならいいけど」 「うん」  名前の微笑みが、残照のように静かに広がる。二人の間に流れる沈黙が、今までとは少し違う色を帯びていた。  こうして、俺達はお互いにこっそりとしたサプライズを仕掛け合う関係になった。言葉にできない感情を、小さな仕掛けに託す日々。  夕暮れの空を見上げながら、俺は思う。  ほんとどうしようもなく、でもどうしても、この子が好きだ。  終わりの見えない並木の道を、二人で歩き続ける。  ポケットの中の小さな鳥と、彼女の手の中の小さな猫が、俺達の秘密の証だった。



Back | Book | Fin.