大きな手 | 手を繋ぐことで、心も繋がる。

 五色の手は、大きい。  バレーで鍛えられた筋肉質な指、厚みのある掌、骨張っているのに優しさを宿した温もり。  この手が、自分の肩を引き寄せ、頭を撫で、指先で髪を梳く度に、名前の胸の奥には温かな火が灯る。 「……工くんの手は、大きいね」  いつだったか、名前が何気なく呟いた言葉に、五色は「そうか?」と自分の手を見つめて首を傾げていた。  だが、その数日後――いや、数時間後には、彼の中で「名前が自分の手を気に入っているらしい」という認識が芽生えたらしく、何かにつけて手を繋ごうとしたり、頭を撫でようとしたり、掌を重ねようとしたりと、密かなスキンシップが増えたのだった。  そのことに気づいた名前は、「やれやれ」と言いたげな微笑を浮かべながらも、内心嬉しく思っていた。  ――そんなことを思い出したのは、兄貴がバリ島のシュノーケリングの話をしていたからだった。  公園のベンチに並んで座る二人。五色は差し入れのココナッツウォーターを飲みながら、バレーの練習後の疲れを癒していた。ほんのりと汗の香りがする彼の横顔を、名前はそっと見つめていた。 「ねぇ、工くん」 「ん?」  五色は水滴が付いた唇を拭いながら振り返った。 「バリ島の海で泳いだら、工くんの肌はもっと焼けていたのかな?」  日差しの強い国に行けば、五色の少し地黒の肌は更に色濃くなるのだろうか。  そんなことを考えながら、名前は五色の手をそっと取り、自分の掌と重ねた。 「うおっ……?」  突然のことに、五色がほんの少し肩を強張らせる。  その反応を楽しむように、名前は五色の指を一本いっぽんなぞるように触れた。指先で感じる僅かな傷や硬い部分が、彼がどれだけバレーに打ち込んできたかを物語っている。 「……どうしたんだ?」  五色は、真っ直ぐに名前の双眸を覗き込んだ。瞳の中に戸惑いと期待が交錯している。  名前は目を伏せ、ゆっくりと指を絡める。初夏の陽光が二人の繋いだ手を優しく照らしていた。 「工くんの手、大きくて温かいから……」 「……っ」  五色の顔が、一瞬で真っ赤になった。染まった彼の頬が、夕焼けのように美しく映る。 「そ、そんなこと言われたら、俺――」  言葉の途中で、彼はぎゅっと唇を噛み締めた。  名前は、そんな五色の可愛らしい反応に満足して、くすりと微笑んだ。 「ふふ、かわいいね」 「かわっ……!? お、俺は可愛くねぇし!!」  五色は慌てて否定した。 「そう? じゃあ……格好いい、かな?」  名前は頭を少し傾げて言った。 「ッッ!!?」  五色の顔が、更に赤くなった。  彼の手のひらは、先程よりも熱を帯びている。 「っ……! し、知らねぇ……!!」  五色は顔を背け、繋いだ手を離そうとしたが、名前はそれを許さず、しっかりと握り締めた。 「離さないよ」  名前の声は静かだが、決意に満ちていた。 「……お、俺も離さねぇし……」  小さく呟く五色の声が、どこか拗ねたように甘かった。  そして、彼の大きな手は、名前の指を優しく包み込んだ。  ――こうして、二人の手は、離れることなく繋がり続けた。  微風が吹き、遠くの木々が揺れ、初夏の息吹が葉をそよがせる。名前は五色の手と自分の手を見比べた。大きさも色も違うけれど、互いを求める温もりは同じ。その温度が、これからも変わらないことを、名前は静かに願った。



Back | Book