天童覚が彼女との初夜を思い出しつつ、過去に目撃してきた"黒レース伝説"の真相に、 時系列シャッフルで召され掛ける、ギャップ爆発ラブコメ事件簿。

Title:ハッピィ ラッキィ アイラブユーな気分
 ああ、もう、昨日のこと思い出すだけで、顔がにやけちゃって止まんない。名前ちゃんとの、あの、初めての夜。彼女の全部が俺だけのものになった、あの瞬間。マジで人生最高得点、ぶっちぎりで更新したからね! 1000点満点どころか、測定不能だから!  で、だ。あの時、俺が彼女をソファにそーっと横たわらせて、スカートの裾を捲った時。そこに現れた、黒いレースの……布面積、ほぼ仕事してない系の、アレ。俺、なんであんなに落ち着いて、「彼女が好んで身に着けている」なんてナレーション入れられたと思う?  答えは簡単。  俺、天童覚は……知ってたからだもんねっ!  そう、あれは忘れもしない、数ヶ月前の、或る晴れた午後。俺が初めて、名前ちゃんのお宅……って言うか、彼女が兄貴くんと住んでる超絶オシャレスタイリッシュマンションにお邪魔した日のこと。  リビングで、兄貴くんの新作絵本の構想(今回は「人語を解するアホロートルが世界征服を企む話」らしい。最高かよ)を聞かされながら、名前ちゃんがお茶を淹れてくれるのを待ってたんだ。で、ちょっとお手洗い借りようかなーって思って、案内された廊下を歩いてたらさ……見えちゃったんだよね。  洗面所のドアが、ほんのちょーっとだけ開いてて。その隙間から、こう、チラリズム? 洗濯カゴらしきものの上に、ふわりと置かれた、それはそれは繊細で、布って言うより糸? みたいな、黒いレースの物体が……。 (……ん? あれ、なんだろ。ハンカチ? にしちゃあ、形が複雑過ぎやしないかい?)  好奇心は猫をも殺すって言うけど、俺の場合、好奇心は俺の理性を木っ端微塵に吹き飛ばす。そーっと、ほんと、息を殺して覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは……。 「うわ、名前ちゃん、これ……え? え? いや待って、これって、面積……存在する? してる??」  脳内で若利くんのスパイクが炸裂したみたいな衝撃。だって、あの、いつも清楚で儚げで、お嬢様オーラ全開の名前ちゃんが……これ? この、ほぼ紐みたいなヤツを……身に着けてる……と? (なのに、お嬢様なのやば……え? 好き……)  その瞬間、俺の中で何かが覚醒した。ギャップ萌えって言葉じゃ足りない。天変地異。宇宙の法則が乱れるレベルの衝撃。自分でもドン引きするくらい、その光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。ハッピィ、ラッキィ、アイラブユーな気分って、正にこのことじゃん? って、意味わかんないこと考えてた。  で、衝撃の第一波が落ち着いた頃、第二の波が俺を襲ったんだ。  それは、名前ちゃんの部屋で二人きりで勉強(という名のイチャイチャタイム)をしていた時。彼女が「喉、渇いたでしょう? 何か持ってくるね」って、甲斐甲斐しくお世話してくれる天使ムーブで部屋を出て行った、ほんの数分の出来事。  俺、何気なく彼女の机に目をやったんだ。そしたらさ、ノートパソコンの画面がスリープせずに、煌々と光を放ってたワケ。で、そこに表示されてたのが……。  なんかこう、滅茶苦茶オシャレで、モデルさんも外国人ばっかりの、明らかに「お高いんでしょう?」って感じの下着専門店のオンラインショップ。  いや、うん、女の子だもんね、そういうサイト見るよね、全然普通だよね、うんうん。  って、自分に言い聞かせようとした矢先。俺の視線は、画面の右下に表示されてる『この商品、最近見たアイテム』っていう、親切なんだか余計なお世話なんだか分からないコーナーに釘付けになった。  そこに並んでたのは……さっき洗濯物で見たヤツより、更に数段レベルアップした、それはそれはセクシーで、挑発的で、布面積が銀河の彼方に旅立っちゃってる感じのランジェリーの数々。黒いレースに赤いリボンとか、背中が大胆に開いたシルクのキャミソールとか、もうなんか、見てるこっちが赤面しちゃうようなヤツばっかり。 「っ……見た……?」  声、出た。いや、正確には息を呑む音と、か細い疑問符が混ざったみたいな、情けない音。  だって、え? 名前ちゃんが、これを……『最近見た』……と?  つまり、こういうのがお好みでいらっしゃる……と? (いや、違う、違うんだけど見ちゃったの!!)  誰に言い訳してるのか分かんないけど、取り敢えず心の中で全力で叫んだ。だって、これは事故だ! 閲覧事故なんだ! 俺は悪くない! 開きっぱなしにしてた名前ちゃんが悪い! ……いや、悪くない、寧ろ……。 (ありがとう、神……。いや、名前ちゃん……)  脳内で、感謝の祈りが天に届いた。だって、これはもう神様からのギフトじゃん? 彼女の秘密の扉がまた一つ、俺の目の前で開かれたんだもん。あの、お嬢様然とした見た目と、内に秘めた大胆さのギャップ。堪んない。マジで堪んない。俺、もう名前ちゃんのこと、好き過ぎてどうにかなりそう。  事件はそれだけじゃ終わらない。  また別の日。名前ちゃんのお部屋で、二人でテスト勉強してた時のこと。名前ちゃんが「ちょっと飲み物を持ってくるね」ってリビングに行った隙に、俺のゲス・アンテナがピーンと反応したワケ。彼女の部屋にある、アンティーク調の可愛らしいチェスト。その、一番上の引き出しがほんの僅かに、数ミリだけ開いてたんだ。  いや、ダメだって! プライバシーの侵害だって! 俺の中の良識くんが警鐘を鳴らすんだけど、俺のゲス・モンスターくんが「でも、気になるじゃん?」って囁くんだもん。結局、モンスターくんの圧勝。  ほんの出来心で、ちょっとだけ、中を覗いてみようかなーなんて。 「……え、ちょ、待って……名前ちゃん、これ……」  そこは楽園だった。  黒、深紅、紫紺……シックな色合いの、それはそれは美しいレースやシルクのランジェリーが宝石みたいに畳まれて、ぎっしり詰まってた。こないだ洗濯カゴで見たヤツなんて、まだまだ序の口。もっと過激で、もっと挑発的で、もっと……布面積が仕事放棄してる奴らが、わんさか。 「いやいやいや無理無理無理無理。無理って言うか、無理? ……天才だよ、名前ちゃん、いや、罪だよ、これ……えっち過ぎない? ギャップで脳みそ蕩ける……」  俺、その場で召されるかと思った。尊過ぎて。あの、いつも物静かでミステリアスな名前ちゃんが、こんな秘密の顔を持ってるなんて。もう好きとか、そういう次元じゃない。崇拝。信仰。俺、苗字名前教に入信する。  更にダメ押しは、或る部活オフの日。名前ちゃんと街でデートして、その帰り道。彼女が幾つか買い物した袋を「重いでしょ? 俺が持つよ」なんて、スマートな彼氏ムーブかましたワケ。  で、その紙袋の一つ。口がちょっとだけ開いててさ。中から、チラッと見えちゃったんだよね。黒いレースと、なんかこう、艶かしい光沢を放つサテン生地が。 「ん? ……うわっ……あれ、名前ちゃん……もしかして、今の……ひぃぃ……」 (成る程ね……君、やっぱそういう趣味なんだ……大好き……)  脳内フォルダにまた一つ、新たな"名前ちゃんの秘密"が高画質で自動保存された瞬間だった。  勿論、本人に「見た」なんて、口が裂けても言えるワケない。言ったら最後、俺、社会的に抹殺される自信ある。でも、この秘密を知ってるだけで、俺の名前ちゃんへの愛情は、なんかもう宇宙規模に膨れ上がっちゃったんだよね。  だから、あの夜。彼女のスカートの中に手を伸ばした時、俺は確信してた。  そこに広がるのは、俺だけが知る、彼女の甘美な秘密だって。
 そして、運命の誕生日の翌日。  部活終わりの帰り道、夕焼けに染まる空の下、俺は隣を歩く名前ちゃんに、ずっと聞きたかったことを切り出した。 「ねぇ、名前ちゃん。昨日の、あの……下着、さ」  俺がちょっとどもりながら言うと、名前ちゃんは「うん」と涼しい顔で相槌を打つ。そのポーカーフェイスっぷりが、また堪んないんだよなぁ。 「あれさ、ずっと前から……ああいうの、選んでたの?(ま、俺は知ってたけどねっ!)」  心の中でゲス顔しながら、俺は続ける。 「それとも、もしかして……俺の為、だったり……?」  チラッと期待を込めて見つめると、名前ちゃんは少しだけ視線を逸らして、ぽつりと言った。 「……別に、好きなだけ」  ドッギャァァァァン!!!(俺の心臓の音)  その一言、そのクールな響き! それが聞きたかったんだよ、名前ちゃん! 「うわ……最高じゃん……。ごめん、ちょっとだけ言っていい? 名前ちゃんのそういうとこ、俺、ほんと……変な話、想像より何倍も興奮する……」  俺、もう我慢できなくて、早口で捲くし立てた。 「あのギャップにやられたんだよ……! 可憐で上品なお嬢様が、内緒でちょっとえっちな下着つけてる世界……これはもう文学だよ……いや、芸術……ノーベルえっち文学賞受賞間違いなしだって!」  興奮し過ぎて、何言ってるか自分でも分かんなくなってきた。 「でさ……実は、俺……」  ここで一呼吸。意を決して、俺は最大の秘密を打ち明けることにした。 「全部、知ってたんだよね」 「え?」  名前ちゃんが初めて、ちょっとだけ驚いたみたいに大きな瞳を瞬かせた。その顔が可愛過ぎて、俺、また天に召されそう。 「いや、あの、洗濯物とか! 後、部屋のパソコンで開いてた通販サイトとか! それから、この前の買い物袋の中とかも! 俺、全部……見ちゃってたんだよね……ごめん!」  一気に白状すると、名前ちゃんは暫く黙って、俺の顔をじーっと見つめて、それから、ふぅ、と小さな溜め息をついた。 「……覚くんの、バカ」  その一言に、俺の心臓は喜びで踊り狂う。 「でも好きだから! 全部記憶しただけで、勝手に触ったりとかは何もしてないから!! ほんとに!! 不可抗力だったんだってば!」  必死に弁解する俺に、名前ちゃんは呆れたように、でも、どこか楽しそうに口元を綻ばせた。 「……もう、覚くん、本当に変態」 「ありがとうございまぁぁぁすっ!!!」  俺が満面の笑みでガッツポーズすると、名前ちゃんは「褒めてないよ」って言いながらも、その声には隠し切れない愛しさが滲んでた。うん、知ってる。今日の俺も、名前ちゃんのお陰で120点だ!  こうして、俺は彼女の秘密の好みを完璧に理解する、ちょっと(かなり?)変態なエスパー彼氏として、爆誕したワケだ。  名前ちゃんの秘密を知れば知る程、俺の「好き」はどんどん大きくなっていく。このハッピィでラッキィで、アイラブユーが止まらない気分、きっとこれからもずっと続くんだろうな。  だって、俺達、最強のカップルだもんねっ!