夜の内に

 私は店の奥、日没からカフェスペースになる一角で、一人の訪問者を待っていた。テーブルの上には、コトコトと煮込んだビーフシチューと、この日の為に焼いた、特別なパン。コンパクトなツリーの置物と、控え目に瞬く豆電球が、ささやかな祝祭の雰囲気を醸し出している。壁に掛けられた古時計の秒針が、カチ、カチ、と静寂に律動を刻んでいた。

Love Mantis

 空模様を気にする余裕なんて、正直言って、なかった。

リカバリー・ラブ

優しさと欲望の狭間で、最適解を選ぶ。

35.さよならしたくて

 例の満月の宵から数え、幾度目かの朝日を浴びた今朝も、信くんのことを考えていた。

飾り立てるツノ

 十二月二十四日。世間が浮足立つこの日、俺は致命的なカロリー消費を強いられていた。
 気温は氷点下に迫り、呼気は白く濁る。街を行き交う人々は、赤や緑の包装紙に包まれた"幸福の具現化"みたいな箱を抱え、無駄に広い歩幅で歩いている。

苗字家、今日も平常運転(異常)

「お邪魔しまーす」
 俺の声は、物音一つしない大理石の床に吸い込まれて消えた。苗字家のマンションは、いつ来ても生活感が希薄で、まるでモデルルームへ忍び込んだ気分にさせられる。管理人以外は、苗字兄妹しか住んでいないと云う、一寸ちょっとした城みたいな場所だ。オートロックを抜けて、エレベーターで最上階へ。玄関の鍵は、預かっているそれを捻った。

鶏冠と恋の大渋滞

 十一月十七日、土曜日。カレンダーの青い数字が、やけに眩しい朝だった。
 カーテンの隙間から射し込む、冬の始まりを告げる光は、まだどこか気怠げで、俺の意識を現実へと引き戻すには、少しばかり力が足りない。枕に埋めた顔を上げると、鏡に映った男は今日も今日とて、見事なトサカを形成していた。芸術的とすら言えるこの寝癖は、俺のアイデンティティの一部となっているが、毎朝、こいつと格闘する身にもなってほしい。

プレリュード、或いは練習曲

 十一月十一日、日曜日。街は細長いビスケットにチョコレートを纏わせた、あのお菓子の記念日で、甘い空気に満ちているらしい。けれど、私の部屋では、そんな浮かれた狂想曲は鳴りを潜め、唯一つの主題だけが繰り返し演奏されていた。

ふにゃポテトとプラチナシートと

 十一月十日。カレンダーに記されたその日付は、俺にとって、一年で最も落ち着かない一日だった。部活へ向かう道すがら、吐く息は白く、空に溶けていく。頬を撫でる初冬の風は、浮き足立つ心を諌めるように冷たかったけど、効果は今一つだ。

スノードロップの午後

 十一月十日、土曜日。
 カーテンの隙間から射し込む光は、昨日までとは質が異なっていた。薄い和紙を一枚隔てたかのように柔らかく、空気中に溶け込む微細な塵をきらきらと照らし出している。今日は、わたし、苗字名前と云う人間にとって、世界が少しだけ特別な色を帯びる日。カレンダーに記された、一年に一度きりの記念日。

月光に咲く

 唇が触れ合う。最初はキャンドルの蝋が芯を伝い、静かに溶けていくようにゆっくりと。けれど、一度火が点いてしまえば、もう止められない。倫くんの膝上と云う不安定な体勢が、却って互いの密着度を高めていた。滑り落ちたマントは床の上で、深閑な闇の溜まりとなっている。まるで、わたし達の理性を一緒に捨て去ってしまったみたいに。

秋風のリボン

 十月三十日。カレンダーの数字が、昨夜から頭の中で警報みたいに点滅していた。窓の外では、性急な冬の気配を孕んだ風が、街路樹の最後の葉を名残惜し気に揺らしている。秋と云う季節が、千秋楽を迎える舞台役者のように、最も鮮やかな衣装を纏って、喝采を浴びている、そんな朝だった。

怪しく嗤う月光

 十月最後の夜。季節外れの生温い風が、バレー部の練習で火照った首筋を撫でる。自販機の硬質な光に照らされたコンクリートの上で、僕と山口の影が揺れていた。
「ツッキー、見て! 今夜の月、ハロウィンっぽいね!」

誕生記念クエスト

 十月十六日。目覚ましのアラームが鳴るより、コンマ数秒早く意識が浮上したのは、きっと秋の空気が肌寒くなった所為だ。枕元のスマートフォンを手繰り寄せれば、液晶の光が目に染みる。通知センターには、幼馴染からの気が抜けたクラッカーの絵文字と『研磨オメデトー。今日の部活、主役だからってサボんなよ』と云う、凡そ祝う気持ちを持っているのか疑わしいメッセージが表示されていた。指先で既読にだけ変えて、スリープ状態にする。

お菓子いっぱいポケット

「おい、それ、誰からだ」
 自分でも意識しない内に、声のトーンが一段低くなる。名前は少しも悪びれず、事もなげに答えた。

魔女はお菓子を悪戯に変える

「じゃあ、トリックで」
 囁かれた言葉は甘い毒のように、俺の鼓膜から染み渡り、思考回路を痺れさせた。
 路地裏のコンクリートの壁はひやりと冷たいのに、名前ちゃんに触れられていた頬と、彼女を囲う腕の内側だけが発火したみたいに熱い。遠くで鳴り響く雑踏のサイレンさえ、この状況を煽る為のBGMに聞こえた。

人生最期の日の予行演習

 十月五日、金曜日。
 空はインクを零したような、深く澄んだ青色をしている。窓から吹き込む風は夏の名残をすっかり洗い流し、秋の匂いを運ぶ。放課後の喧騒が遠退く教室で、わたしは一人、呼吸の仕方さえ忘れそうになっていた。鞄に潜ませた紙袋が、やけに重く感じる。わたしの心臓が移ってしまったみたいに、どく、どくと微かな振動を伝えているのだ。

不器用なデミグラス

 彼の腕の中で、私は熟れ過ぎた果実のように崩れてしまいそうだった。しゃくり上げる咽喉の奥から漏れるのは「ばか」とか「天然」とか、そんな陳腐な悪態ばかり。でも、牛島くんは全てを受け止めて「ああ。俺は、バレー馬鹿だ」と事もなげに肯定する。どこまでも揺るがない彼の在り方が、私を安心させもすれば、どうしようもなく掻き乱しもするのだ。

面白い恋人くん

 唇を離すと、吐息が混じり合う程の至近距離で、名前ちゃんの深い色の双眸と視線が絡んだ。月明かりを映した眸は、まるで静かな夜の湖面だ。さっきまで、俺の心臓を支配していた嵐のような感情が、その静けさに吸引されて、穏やかになる。

トレモロミッドナイト

 七月六日、金曜日。梅雨の晴れ間から射し込む西陽が、美術室の床に長い影を落としていた。放課後の静寂を切り裂くのは、木炭が画用紙を擦る乾いた音と、遠く微かに聞こえるボールの弾む響きだけ。私の意識は、その残響の方、窓の外の景色へと、何度も引き寄せられてしまう。

59.Iの消失

 部活後のルーティン。汗と埃に塗れた体育館から脱出し、全身の湿気をタオルで徹底的に拭き取る。新品のマスクを装着し、外界からの侵略を遮断する。ここまでは、俺が俺のコンディションを正常に保つ為の、至極当然の儀式だ。

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